1998年WHでシドニーに居た時にした仕事のうちの1つがこれ。
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◆餃子づくり
完全出来高制で1個4セント。
場所は街の中心部の高級高層マンションの一室。
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餃子の皮は、雇い主である上海人が大量に作っておいてくれるので、餡を包んで、形を整えるのが仕事。出勤して、中華の料理人の修行をしているかのごとく、ただひたすら黙々と餃子づくりに励む毎日だった。
実は、この時まで餃子を作ったことがなかったので、最初はうまく包むことが出来ず、餡の量が多すぎて皮が破れてしまったり、逆に少なすぎて上手く形づくれなかったりと失敗もした。でも、一度コツを覚えたらパーフェクトな餃子を一定の速さで作れるようになった。
それでもたまには失敗もするので、失敗作はもちろん売り物にならず、賄いへと回される。そんなワケで、仕事場で提供される食事は毎日餃子。水餃子だったり、焼餃子だったりと、調理法は違えど中身は一緒。よくもまあ、毎日飽きもせず、あれだけ大量の餃子を食べられたもんだと思う。
肝心のお給料はと言うと…、お小遣いの足しにしかならないくらいの僅かなものなので、生活は出来ない。「なんで、オーストラリアに来てまで、こんな仕事をやってるの?」と友達に不思議がられたりもした。「こんなお金にならない仕事なんて辞めちゃえばいいのに。」って。
4人居たはずの従業員は、1人減り2人減り、最後にはワタシだけになっていた。お金にもならないのに何故か辞めなかったのは、雇い主である陽気な上海人と、そのインドネシア人の奥さん(10代!)のヘンテコリンな組み合わせの夫婦と話したりするのが楽しかったから。
この時に食べた餃子の味(日本のものと味も材料も微妙に異なるので)が忘れられなくて、今でもたまに自分で餃子を作る。作るスピードは落ちたけど、完璧な形の餃子を作る腕は衰えていない。
そりゃあ、あれだけ大量の餃子を作ったのだから、当然と言えば当然なのかも。懐かしき「餃子の日々」よ。